Hands On
〜証券化の魔術師、ガイ・ハンズの資産買収〜


  1998年1月29日付の英紙ガーディアンは、資産証券化ビジネスという収益源を確立し、650億円の経常利益をあげた野村証券の英国現地法人野村インターナショナルに勤務する1社員が、同国の平均所得の約2500倍もの4000万ポンド(約85億円)の年収を獲得したと報じた。この人物、同社のプリンシパル・ファイナンス・グループ(PFG)のヘッド、ガイ・ハンズこそが、金融街シティに証券化による資産買収という新手法を持ち込んで、「ノムラ」の名を何度も新聞紙面に躍らせた男である。


  1995年野村インターは、どん底の極みにあった。債券、ワラントの売買損に加え、人件費と不動産経費が膨らみ、300億円もの赤字に陥ったのだ。行き詰まった野村インターの決断は、リストラと先行投資の同時進行だった。英仏両国債の政府公認ディーラー資格を返上し、現地幹部の反対を押し切り、英国内の企業金融、欧州のM&A事業からも撤退した。欧州株の担当者も40人から3人になった。一方、当時CMBSで全米を席巻していた米国野村の、イーサン・ぺナーの紹介により、大手投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)でビジネス・プランを却下され、失望していたガイを採用したのもこの時期だ。彼はオックスフォード大で初め科学を、後に経済学と哲学を専攻した物静かな男である。GSに12年間勤務し、86年ユーロボンド・トレーディングのヘッドに就任し、90年から証券化チームのトップを勤めた。野村インターは、証券化と自己資金投資の融合というガイのアイデアに賭けたのだ。


  ガイと彼のチームPFGの活躍は95年4月、英国で1801件のパブ・チェーン「フェニックス・イン」を2億4900万ポンド(573億円)で購入したのが皮切りだった。ガイのターゲットは、不人気業界の低成長企業である。さらに案件が大規模かつ複雑であれば、尚良しである。「そういう所にこそ過小評価された資産があるんだ。大規模で複雑な案件であれば、競争相手も寄ってこないしね。」と彼は説明する。ただしガイは、他の投資銀行とは違い破綻会社や不良債権には見向きもしない。
彼の意見は、「破綻企業を立て直すより、不振企業を業界標準に復帰させる方が効率的だと思うよ。」である。同年秋PFGは7億ポンドを支払い、旧国鉄の車両保有会社エンジェル・トレイン・コントラクツ(ATC)」を購入した。翌96年9月には、英国史上最大の不動産取引となった軍人用官舎5万7000戸を、国防省から16億6000万ポンドで買収している。PFGの成功に伴って人員も増えた。10人で始まったチームはこの頃25人になっていた。その後も98年9月には、別のパブ会社に12億ポンド(約2400億円)という巨額の資金を投入し、4300のパブを手に入れた野村インターは英国最大のパブオーナーとなる。10月には英国各地に場外賭博場を経営するウィリアム・ヒル社を7億ポンドで買い取った。2000年12月にはドイツの鉄道従業員住宅11万4000戸を76億マルクで買収した。彼の投資対象は、全て消費者を相手としており、現金収入が手に入る事業である。


  PFGのもう一つの特徴は、デュアル・エクジットと呼ぶ投資回収手段にある。彼等は、買収資産の将来キャッシュフローを証券化し、投下資本を回収する。ATCディールでは延べ100人もの専門家を動員し、半年がかりで仕組みをつくり上げた。ATCの保有する3700の車両は、英国鉄に長期リースされている。このリース料を担保とした約7億ポンドの高格付債券の発行により、買収資金を回収したのだ。パブも軍人住宅も証券化されている。「証券化によって、市場の価格上昇や株式公開に依存しない資金回収を行う。リスクを債券投資家に移転するんだ。」ガイは語る。次いで彼らは、買収先の経営改善を自らの手で行い、事業価値が上昇した所で残った持分を売却する。ATCには6名、軍人住宅の件では11名のメンバーを買収先に送り込んだ。ATCは97年4億ポンドでロイヤル・バンク・オブ・スコットランドに売却された。投資収益率は528%という驚異的な数値となった。


  彼のビジネスは手間がかかる。案件の検討のためには、弁護士、不動産鑑定士など専門家を雇い、買収する資産の将来価値、予想収益、法的問題などを徹底的にチェックする。事前の調査費用だけでも1億円から5億円を投じるが、10件中9件は買収を見送るという。買収を決めても入札で敗れる時もある。96年10月から97年9月までの1年間は買収実績が1件もなかった。その間もチームを抱え続けなければならないので、決して効率の良いビジネスではない。加えて彼のビジネスは、巨額の資金を必要とする。抱えた資産の合計は、野村インターの自己資本約800億円を軽く上回った。2002年NY上場を控えた野村證券はPFGを分離することを決定した。彼は、70人にもなったPFGメンバーと共に野村インターを去り、彼自身のファンド、テラ・ファーマを旗揚げした。このファンドには、古巣の野村も10%の出資をしている。


  英国での証券化による資産買収は、ガイが先鞭をつけた。PFGは7年間で15案件に投資し、その投資収益率は62%にも達する。彼はボンド・トレーダーの攻撃性と英国人らしい慎重さを兼ね備えている。現在43才の彼はワーカホリックである。「ワイフに聞いてくれ。朝は5時40分に会社に来て、夜は大体1時までいる」ガイは言う。休日は出張で貯めたマイレージを使い、ハワイに旅行したが、宿泊先は野村の保養所。そこでもビジネスの電話をかけまくり、ビーチで過ごす時間は少なかったという。ガイは言う。「良質のキャッシュフローを生み出す資産があれば、我々はどこへでも行く。今はドイツやスペイン等欧州大陸に注目しているが、勿論日本の不動産だって例外じゃないよ。」


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