Let some bastard do the dirty work
〜 合法的粉飾決算。損失先送り商品を売った奴と買った奴 〜


もしも君が破綻寸前の金融機関の経営責任者であるとしよう。間もなくやってくるであろう決算期を前にして、ボロボロになったバランス・シートを眺めながら打つ手は何が残されているだろうか?

ちょっと考えてみて欲しい。

解答例としては以下の3つがある。
1. とりあえず大蔵省に駆け込んで、涙の限り嘆願する。
2. 手持ちの自社株をさっさと売却して換金しておく。
3. 出入りの外資系金融機関のセールスマンからありったけのオフショア・ファンド、仕組債等あやしげなデリバティブ商品を買いまくる。

1の方法は悪くない。頭は下げてみるものだ。プライドはいくら傷ついても、一滴の血も流れないのだから。手にする成果は充分にペイするだろう。実際この手はこれまで何度も威力を発揮してきた。公定歩合は下がって業務純益は増え、償却余力は多少出来た。不動産の評価替と、有価証券の原価法適用によりBSの見栄えも良くなった。おまけにこれだけ手を尽くしても隠しようのない資産内容の劣化にもかかわらず、公的資金の注入により自己資本も増えた。まさに至れり尽くせりである。しかし、これはファウストのメフィストフェレスとの契約にも似ている。
問題解決は先送りにされ、結局後見人はある時手のひらを返し、潰れる者は潰れるべくして潰れ、経営者には手錠がかけられる。山一しかり北拓、日債銀しかり、である。

2番目の方法はどうか?これは助かるものだけでも助けておこう、という考え方をベースにしている。ある人間は実際に試してみたかもしれない。まさか調子にのって空売りまではしなかったとは思うが。
当然これは違法行為である。証券取引監視委員会をあまり甘く見てはいけない。
やはり手錠が君を待ちかまえていることだろう。

結局、3番目の方法がベストということになる。合法的だし、何と言っても仕組みが複雑で自分が何をしているのかもわからない、つまり気の弱い人間でも良心の呵責に悩まなくて済む。

3番目の選択をすると何が起こるだろうか?

それはまずこんな会話から始まる。「特金で大分損が出てます。こんなもの決算で表に出すわけにはいきません。何とかなりませんか?」
程なくして洗練された身のこなしとファッションの一流の外資系投資銀行員が、日本の金融機関が規制で出来ない数々の魅力的な提案を頼もしい口振りでささやいてくれる。何しろ彼等は客のニーズをよく知っている。つまり当面の利益の実現と損失の先送りである。彼等が手にしているA4版の手土産にはこんな名前が付けられている。
例えば…
「投資信託のリストラに関するご提案」(BT)
「ストラクチャーの案内」(CITI)
「投信ポートフォリオの再構築」(CSFB)

これらは、基本的には信託勘定と金利スワップを活用した金融取引商品である。
一例をあげると、顧客は簿価100億円、時価は下落して70億円の特定金銭信託を保有しているとしよう。クライアントはまず時価でこのポートフォリオを売却し70億円を現金化する。そして差損分の現金を手にし、同時に15年後に30億円プラス利払い分を返済する、というスワップ契約を締結する。この信託は利払いのための資金を株価指数リンク債のような非上場の仕組債で運用する。株価指数リンク債というのがこれまた恐ろしい商品で株価の変動によって利払いが変化し、最悪のものの中には日経平均株価指数が定められた水準以下になると元本を償還しない、というものまであった。
勿論これらは高度な投資商品であり、決して「損失飛ばし」商品なんかではない、という言い方も出来る。しかし、バランス・シートの見栄えを良くするための損失隠しという使用方法が問題となった。日本が採用する取得原価主義という会計基準には盲点がある。つまりこれらのデリバティブ商品はユーロ発行の私募の形をとることが多く、非上場なので実際の価値がどうあれ償還の日までBS上には取得価格で記載されるのである。こんな粉飾決算まがいの取引によって当面の危機は去ったかに見えた。多くの企業が生き延びたのである。

しかしやりすぎだった。長銀はダミー会社を使って6000億の不良債権隠し。日債銀も負けていない。あっちで××億円、こっちで○○億円、事業会社であれ金融機関であれ、日本中が損失から目をそらせようとしたのである。メーカーも商社も、銀行も生保も、先を争ってこれらの提案書に記載されている謎めいた商品を求めた。当局は日債銀処理の過程でこの怪しげな取引を発見したと言われている。
1月20日金融監督庁は、売り手のクレディ・スイス・ファースト・ボストン(CSFB)グループに抜き打ちの検査を行う。同時に仲介役を努めた国際証券にも捜査の手は伸びる。

CSFBの取引で疑惑をもたれた取引にはこんなものもある。
東京相和銀行は150億円の不良債権をクレディ・スイス信託銀行の口座に移管し、同信託銀行はこの信託受益権をCSFBグループのケイマン諸島のSPCに50億円で売却した。実はこのSPCは債権の購入資金を調達するために円建ての債券を発行していたのだが、この債券を購入していたのは東京相和銀行であったのだ。(この円建ての債券は一見銀行の振り出した社債に見せかけているが ケイマンのSPCへのリミテッド・リコースローンを裏付けとしている。)そして他にも他にも金融機関が保有する株式全体の過半を、決算期を挟んだ3ヶ月だけ信託契約を使って引受、その金融機関が110億円の調達した形にして自己資本比率が向上したかのようにみせる等、特定金銭信託や貸株を使ってみたり、仕組み債を使ってみたり、あらゆるストラクチャーを動員して、損失相当額を表面化させずにいったん現金で先取りし、何年もかけてその額を取り戻していこう、という言ってみれば将来どうなるかはわからない、という取引が次々と見つかったのである。

話を戻して、先程の提案書を作った各金融機関の言い分を並べてみよう。
「当時の担当者は既に退社しているので、詳しいことはわかりません。」(BT)(昨年のロシア危機で大きな打撃を受けたBTはこの春、ドイツ銀行の傘下に入った。財務部長はソロスのファンドへ、その他多くの行員が退職したようである。)
「当社で作成されたものと推測されるが、あくまでも提案に過ぎない。実際の取引には至っていない。」(CITI)(前半の曖昧さからどうして後半の自信に満ちた結論が出てくるのかは謎である。)
「個別の取引については、一切お答えできません。」(CSFB)(当たり前の回答であるが口の堅さも顧客サービス、流石スイスの一流銀行と最も古い投資銀行の伝統は健在である。)
一応これに対応する買い手側のコメントものせておこう。
「根も葉もない噂です。一切購入してません!」(某地方銀行)
「購入の事実は認めるが、損失隠しではない、あくまでも資産運用目的である。」(某事業会社)
「事前に弁護士、監査法人の意見を聞いてある。違法でも悪質な取引でもなんでもない。」(某破綻金融機関)

この手の外資系金融機関との取引は、バブル崩壊直後の90年代初期に日本の証券会社が顧客の損失を不正に補填し、世間から強烈に糾弾された後に始まったものと推測される。
何故、外資系金融機関がこれらの損失先送り商品の提供が可能だったのか。
詳しい背景を聞くために知合いの元デリバティブ・プロダクト担当者(以下DP氏としておこう)と都内のホテルで庭の滝を眺めながらランチタイムを過ごした。
「CSは特別なんだ。あんなこと他じゃ出来ない。」「他の会社も似たようなものだろう?」「そうでもない。CSだけがあそこまで出来たんだ。技術の問題じゃない。コンプライアンスの違いだな。」CSFPに踏み込んだ金融監督庁の検査官達がまず驚いたのは、フロントもバック・オフィスも一緒くただったことらしい。「あそこだって、法務担当者はいるだろう。」「勿論その通りだ。しかしアグレッシブさの程度には差があったということだ。」DP氏に言わせると、こういうことらしい。顧客から当初の1/5に価値が下がってしまったポートフィリオの処理の相談を受ける。
まともに考えれば、損失を先送りしたところで5年や10年で5倍にはなりはしない。
だからまず無理ですよ、という答えになる。しかし相手の悩みは深刻なのでそう簡単には引き下がらない。そこで処理方法を組み立ててやる。このサービスの価値なんか誰もわからないから、セールスマンは想像以上の手数料を請求できる。
彼によるとここで止めるべきだった、とのことである。味をしめて「お宅に含み損ありませんか?」と営業にまわり、自分からストラクチャーを売って歩いたことが今回の処分につながる原因となったのだ、とのこと。「何と言ってもセールスマンなんてボーナスのために生きているようなものだからな。」
しかしCSだけではなかったのである。5月19日には、赤坂アークヒルズのリーマン・ブラザース証券東京支店及びリーマン・ブラザース投資顧問東京支店にも金融監督庁の捜査の手は伸びた。 CS、リーマン、他にも数多くの外資系金融機関が、この日本企業の損失隠しに協力することにより空前の利益を手にした、と考えられる。DP氏はこうも言う。「もう一つ無視できない事実がある。勿論邦銀と比べて彼等の方が能力も経験もあった。しかし最も大きなアドバンテージは、外資系金融機関というところが大蔵省から自由だったことなんだ。」

今回、決算対策用デリバティブ商品を売りまくったクレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ銀行(CSFP)は、CSFBとスイス・リインシュランス・カンパニーの共同出資により1990年に設立。金利、通貨、株式、商品、クレジットに関するリスク管理商品及びサービスを提供することを主要業務としているCSグループのデリバティブ専門銀行である。日本における営業拠点は1997年4月開設。同社の業務案内には、「顧客のニーズに最大限かつ柔軟に対応し、複雑な仕組み取引においては高度な構築力・実行力を、基本的リスク管理商品については競争力ある価格を提案する。」と書いてある。
実際CSFPはこの分野で最先端を走っていた。この数々の賞に輝くトップクラスのデリバティブ銀行は、当局の処分という不名誉だけは何とか避けたかったようだ。
そのために出来ることは何でもした。例えば、重要文書(段ボール42箱分)をロンドンの本店に持ち出す、その暇もない場合は深夜に関連書類を廃棄する、どこかへ隠す、外国人社員は急に日本語がまったく理解できない芝居をする。
挙げ句の果てには外交ルートを使い日本政府に圧力をかける、という手段まで実行された。しかし7月14日ついに審判は下った。CS信託銀行は最長1年の新規業務停止、CSFB証券及びCS投信は最長6ヶ月の一部新規契約停止、CSFP銀行に至っては銀行免許の取消。販売に協力した国際証券系の投資顧問会社も一部業務停止。

かつて4大証券会社の不正取引が発覚した時の騒ぎを思い出して欲しい。それに比べると、この1件が我々にさほどアピールしないのは何故なのだろうか?
我々はこの10年間あまりに多くのものを見過ぎて、感受性が鈍ってしまったのだろうか?この事件に関しては他人、特に裕福な人間には極めて敏感なマスメディアですらそれほどの注意を払っていないように見えるが何故だろうか?まるで援助交際の問題のように、どんな商品であれニーズがあるから売れるということになるのだろうが、手にする金と倫理観を取引する人間と金で片がつくならば喜んで支払う人間の物語は今に始まったことではない。一体、売った奴が悪いのか、買った奴が悪いのか?この話から悪は栄えないとか正義は勝つ、という教訓を見いだすことは難しい。はっきりしたことは、リスクとリターンはトレード・オフの関係にあるということと、外資系金融機関の人間が受け取る高額の給料は収入が減ったときの補償も兼ねている、というビジネス・スクールの教えは間違えではなかった、ということだけである。

「これは噂話ということにして聞いてくれ。」とDP氏は言う。今回の1件で思わぬとばっちりを被ったのが総合商社のXX社だ。総合商社は関連企業、得意先を含む膨大な株式を持っている。中には1円の価値もないものもたくさんある。
そんな商社の財務担当者相手ならいくらでもデリバティブを売ることが出来た。
「ところがCSに捜査が入ったので、商社もこの手はもう使えない。決算期は近づく、株価は下がる。とうとうメインバンクに泣きつくしか無かったわけだ。総合商社の看板おろして、社員は半分以上ばっさりだよ。XX社だけじゃないぜ、他にも何社か…。みんな元の俺の顧客だよ。始めは普通にデリバティブを売っていれば儲かった。競争が激しくなって利幅が薄くなったんであんな取引に走ったんだ。
今じゃもう、デリバティブ担当者なんてぱっとしないね。そうなる前に俺は辞めて良かったよ。」
では次の花形は?という質問に対する答えは、今回は伏せておいて皆さんに考えてもらうことにしておこう。

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